戸塚ヨットスクール事件と教育哲学 その2
 2006年4月29日午前、戸塚ヨットスクール校長の戸塚宏氏が静岡刑務所を出所した。その模様はテレビニュースや新聞などで報じられたが、既に過去の遺物にすぎないと思いこんでいた同スクールが今もなお存続していることに驚いた、というのが大方の感想らしい。
<中略>
戸塚氏は元々、沖縄海洋博を記念した太平洋単独横断レースでぶっちぎりの優勝を果たすなど、日本を代表するヨットマンとして知られた人物であった。それが1976年に「戸塚ジュニアヨットスクール」を開校したのは、「世界に通用するヨットマンを育てるため」である。後に「泣く子も黙る更生施設」として知られることになる同校は、文字通り「ヨットの学校」としてスタートしたのだ。
<中略>
同校と戸塚氏はテレビなどでも度々紹介され、日本全国から、非行、不登校、家庭内暴力などの様々な問題を抱えた「情緒障害児」が続々と集まってくるようになる。
<中略>
ところが、1982年12月の訓練生死亡事故をきっかけに、事態は一変した。 
<3万人のための情報誌「選択6月号」から抜粋>