戸塚ヨットスクール事件と教育哲学 その3
<中略>
  戸塚校長とコーチ数名を逮捕、戸塚ヨットスクールは閉鎖の追い込まれることになった。
<中略>
  保護者たちは、皆、体罰を用いる指導方針を承知の上で、しかも、事件後「暴利を貪っている」と批判を受けたほどの入校料を支払ってまで、わが子をヨットスクールに委託しているのだ。「普通の子」を持つ親には理解し難いことだろうが、その事実自体、「有資格者」たちの無力を何よりも雄弁に物語っている。実際、ほとんどの親はそれらの間を遍歴し、たらい回しにされて見捨てられた末にヨットスクールの門を叩いているのである。 中でも最も悲惨と思われる家庭内暴力の子を持つ親の気持ちは、当事者以外には到底わかるまい。普段はおとなしいわが子が突然暴れだし、その直接の原因がどこにあるのか見当もつかない。体中にあざを作られる程度ならまだしも、時にはナイフやバットを振り回されて、命の危険さえ感じる。
 現にそういう子を持ち、全く出口の見えない暗闇の中で苦しんでいる親に対しても、カウンセラーは、例えば「15年かけてこうなったのだから15年かけて直すほかない」といった「アドバイス」をくれるばかりである。精神科に行けば薬漬けにされかねないし、警察に対処を依頼すれば「事件」として扱われ、子供は「前科者」にならざるを得ない。万策尽き果て、ついには自殺するか、子供に殺されるか、自分が子供を殺すかの究極の選択を迫られるところまで追い込まれる。実際に庖丁を握り締めて子供の枕元に立ち、すんでのところで思いとどまった、といった例もあるという。
 ヨットスクールは、どこへも行き場のないそういう子供たちをも受け入れてくれる、最後のより所だったのだ。
<中略> 
<3万人のための情報誌「選択6月号」から抜粋>